序(第二版)
この辞典の初版を世に送ってから、早くも七年近くが経過した。その間世界情勢は東西ドイツの統一、社会主義国の盟主であったソビエト連邦の崩壊など、大きく様変わりをした。この辞典は現代日本語を扱うとともに、百科事典的事項を多数収録したことをその特色としている。このため、そうした世界の変化に合わせて、いまその内容の大改新を試みた。また、日本語の辞典と名乗る以上、日本語を勉強する外国人の読者が多いことを考え、日本語の語彙についても、現代語としてのより分かりやすい語義とあわせ慣用的な用例の充実をはかり、さらに基本的で重要な語については、その説明に新たな工夫を加え、豊富な内容と精密な情報を付加した。
今ここに改訂第二版を刊行するにあたり、ご援助を賜った諸賢とさまざまなご指摘をいただいた愛読者の皆様に、衷心より御礼を申し上げる次第である。またあわせて今後とも皆様からのご注意・ご希望の寄せられることを期待するものである。
平成七年七月
監修者一同
(第六刷刊行にあたって)
二十一世紀に歩み入ろうとする現在、日本社会は大きく変わりつつある。激しい技術革新・産業構造の再編・人々の意識の変化。新しく生まれてきたことばの中には短時日で定着した重要語があり、従来からの収録項目ではとらえきれない歴史的発展や発見もあった。第六刷を刊行するにあたり、そうした情勢を考慮し、新語の増補はもとより通常の重版の程度を越えた大幅な改訂をほどこした。第二版の刊行以来さまざまなご指摘をいただいた愛読者の皆様に感謝申し上げ、いっそうのご愛顧をお願い申し上げる次第である。
平成十二年八月
序(初版)
いま、世界の各国で日本語を勉強しようという人々は年々急速にふえてきて、その数は三百万をこえている。これが、今世紀末にはアジア・太平洋地域だけでも一千万人に達するだろうという。これまで、この島国の仲間うちだけで通用することばとして、比較的無反省にすごしてきたわれわれの母語に対して、あらためて、世界に開かれた言語として今後どうあるべきかを、深く考えてみなければならないときがきているようである。
一方、日常の言語生活でも、たとえばワープロの普及によって、われわれの「かく」という行為にいちじるしい変化が生じつつある。「よむ」ことはできても、自身ペンをもって「かく」ことのできない漢字が、あたらしい世代の人々にはどんどんふえていく傾向にある。それで果たして本当にその漢字、あるいは語の意味をしっているといえるかが問題であるし、すくなくとも、あらかじめ用意された語句だけを使って文章を書く安易さになれた人々に、あたらしい表現の創造を期待することはむずかしいことになるだろう。すでに現在、はなはだセンスに欠けた新語や、必然性のないカタカナ語がむやみに氾濫しつつある。その中のどれが真に時代の要請に応じうる、必然性をもった新語・カタカナ語であるか、どれが単なる根無し草的流行語であるかを判断する能力を、われわれ一人一人がもたなければならなくなっている。
現代の辞典は、単に日本語の現状を記録し解説するだけではなく、国際化のすすむなかでの日本語の将来を考え、また、高度に情報化された現代社会における情報処理の能率という点までをも考案するための、材料を提供するものでなくてはならない。しかし、同時に言語は歴史的なものである。現代の日本語も、過去の日本語なしにはありえない。日本語の現状は、日本語の過去をしることによって、より正確に、より豊かに理解しうるし、また、それが将来の日本語を考えるうえでの大きな手がかりともなるであろう。
本辞典は現代語を中心にし、それも単にことばの解釈だけではなく、ことがらの解説をも含めて、いわゆる「事典」的な性格をも加味したものである。あわせて、上のような意味から、ある程度の古語をもとりいれた。時代の先端を行く専門領域の用語の解説と、古典に用いられている文学用語の解釈とが、同じ一冊の辞典に共存するというのは、やや混雑した感じを与えるかもしれない。しかし、これはむしろ現代の日本社会の実情の反映でもあって、その要求に広く応じようとするからなのである。この種の辞典としては初めての、カラーによる図版や写真6千余点を挿入し、ことばによる抽象的説明にとどめず、視覚による具体的な理解が得られるように努めたのも、こういう趣旨に基づいている。
来るべき新世紀をめざして、時代の流れを見通しつつ、その要請にこたえる辞典づくりを心がけた編者の意図を汲みとっていただければ幸いである。
平成元年六月
監修
国立民族学博物館長
理学博士 梅棹 忠夫
前上智大学教授
文学博士 金田一春彦
京都大学名誉教授
文学博士 阪倉 篤義
聖路加看護大学長
医学博士 日野原重明