- *みな【皆】
- [一](名)すべてのこと・人・物。全部。みんな。all〈用例〉〜が承知する。
- [二](代)相手の人たち。みんな。everyone〈用例〉〜は、きょうはよくやった。
- [三](副)すべて。すっかり。残らず。all〈用例〉持っている物は〜やってしまう。
- 皆にする(みなにする)
- すべて使い果たす。皆になす。
- み‐なおし【見直し】
- ①もう一度改めて見ること。looking at again
- ②よりよい方向へ再検討すること。improvement〈用例〉規則の〜。
- み‐なお・す【見直す】(五自他)
- ①(他)
- (ア)見落としなどがないか、改めて見る。考え直す。再検討する。reconsider〈用例〉政策を〜。答案を〜。
- (イ)気づかなかった値打ちを認める。discover new merits〈用例〉今度のことで彼を〜・した。
- ②(自)病気・景気などの悪い状態が、よくなる。recover; improve〈用例〉景気もようやく〜・してきた。
- みなかた‐くまぐす【▽南方▼熊▼楠】
- (1867-1941)生物学者・民俗学者。和歌山県生まれ。大英博物館に一時勤務。博学をもって知られ、とくに粘菌類の研究で著名。著書『南方熊楠全集』全12巻など。
- み‐な‐かみ【▽水上】
- ①川上。上流。upstream
- ②みなもと。source
- みなかみ【▽水上】
- 〈町〉群馬県北部、利根(とね)川上流の町。水上温泉郷を中心とする観光の町で、スキー場も多い。人口7169(1994)。
- みなかみ‐おんせん【▽水上温泉】
- 群馬県利根(とね)郡水上町にある温泉。上越沿線の観光地の一つで、水上温泉郷の中心。大規模な旅館・ホテルが多い。
- みなかみ‐たきたろう【▽水上滝太郎】
- (1887-1940)小説家。本名、阿部章蔵。東京生まれ。慶大卒。身辺的題材を手堅い写実的手法で描く。作品『大阪』、評論・随筆集『貝殻追放』など。
- みな‐が‐みな【皆が皆】(連語)
- 残らず。全部。all〈用例〉〜駄目というわけではない。
- みながわ‐きえん【皆川▼淇園】
- (1734-1807)江戸後期の儒者。通称文蔵。京都の人。易(えき)の思想的研究を大成し、多くの門人を養成。南画もよくした。著書『名疇(めいちゅう)』『淇園文集』など。
- みながわ‐ひろこ【皆川▽博子】
- (1930-)小説家。朝鮮生まれ。東京女子大中退。昭和61年(1986)『恋紅(こいべに)』で第95回直木賞受賞。作品『アルカディアの夏』『壁―旅芝居殺人事件』など。
- みなぎ・る【▼漲る】(五自)
- ①水が満ちあふれている。over flow
- ②力などがあふれる。be full of〈用例〉活気が〜。
- みな‐くち【▽水口】
- 田に引く水の入り口。みずくち。
- みなくち【▽水口】
- 〈町〉滋賀県南部の町。城下町、また旧東海道の宿場町として発達。甲賀地方の中心で、商業がさかん。人口3万2501(1994)。
- みなくち‐まつり【▽水口祭(り)】
- 農事を始める行事として、苗代(なわしろ)に種もみをまいたときに行う祭り。水口に田の神を祭り、豊作を祈る。苗代祭り。
- み‐なげ【身投げ】(名・サ変自)
- 水中・火口などに飛び込んで死ぬこと。投身。plunge; cast oneself into
- みな‐ごろし【皆殺し】
- 残らず殺すこと。massacre
- みな‐さま【皆様】
- [一](名)多くの人々をいう敬語。〈用例〉〜お待ちかねです。御家族の〜はお元気ですか。
- [二](代)多くの人々に呼びかける敬語。ladies and gentlemen〈用例〉〜、ごきげんよう。
- みな‐さん【皆さん】(名・代)
- 「みなさま」の少しくだけた言い方。everybody
- みなし‐がわ【▽水無し川】
- [枕ことば]《水が絶えて流れていない川、の意から》「絶ゆ」にかかる。〈用例〉言(こと)とくは中は淀(よど)ませ〜絶ゆといふことを有りこすなゆめ(万葉・11・2712)。
- みなしぐり【▽虚▼栗】
- 榎本其角(えのもときかく)編の俳諧(はいかい)撰集(せんしゅう)。松尾芭蕉(まつおばしょう)跋(ばつ)。天和(てんな)3年(1683)刊。芭蕉と蕉門などの発句(ほっく)・歌仙などを収める。蕉風確立の過程を示す過渡的な集。
- みなし‐ご【▽孤・▽孤▽児】
- 《「身なし子」の意》親のない子。孤児(こじ)。orphan
- みなした‐ふ【▽水下▽経】
- [枕ことば]《水の下を泳ぎまわる、の意から》「魚(うを)」にかかる。〈用例〉つのさはふ磐余(いはれ)の池の〜魚も上に出て歎(なげ)く(日本書紀・継体)。
- み‐な・す【見▼做す・▽看▼做す】(五他)
- ①見て、それと仮定する。たとえる。regard...as〈用例〉返事がないのは欠席と〜。
- ②法律上の認定についていう語。性質の異なる2つの事物について、法律上これを同一視する。たとえば、未成年者が結婚した場合、成年に達したものとして扱うなど。judge
- ミナス‐ゼラエス【Minas Gerais】
- ブラジル南東部、ブラジル高原にある州。州都ベロ‐オリゾンテ。金・鉄など鉱物資源が豊富。人口1574.6万(1991)。
- みなせ【▽水無瀬】
- 大阪府の北東端、淀(よど)川沿いの島本町の地区。平安時代、水無瀬里といわれた宮廷の狩猟地・行楽地。水無瀬神宮がある。
- みなせ【皆瀬】
- 〈村〉秋田県南東部、宮城県境の村。皆瀬川上流にあり、農林業、とくに小安(おやす)温泉郷の温泉地熱を利用した、育苗や野菜などの栽培がさかん。人口3285(1994)。
- みなせ‐がわ【▽水無瀬川】
- [枕ことば]《川の表面には水がなく地下を流れることから》「下(した)」にかかる。〈用例〉恋にもそ人は死にする〜下ゆあれ痩(や)す月に日に異(け)に(万葉・4・598)。
- みなせさんぎんひゃくいん【▽水無瀬三吟百韻】
- 室町時代の連歌(れんが)。長享(ちょうきょう)2年(1488)成立。水無瀬の後鳥羽(ごとば)院御影(みえい)堂に奉納。作者は宗祇(そうぎ)・肖柏(しょうはく)・宗長(そうちょう)。百韻連歌の代表的秀作。
- みなせ‐じんぐう【▽水無瀬神宮】
- 大阪府三島郡島本町広瀬にある旧官幣大社。祭神は後鳥羽・土御門(つちみかど)・順徳天皇。後鳥羽上皇の離宮水無瀬殿に御影堂を設けた跡地。水無瀬宮
- みな‐そこ【▽水底】
- 池・川・海などの底。みずそこ。bottom of the water
- みなそこ‐ふ【▽水底▽経】
- [枕ことば]《語義未詳》「臣(おみ)」にかかる。〈用例〉〜臣の少女(をとめ)を誰(たれ)養はむ(日本書紀・仁徳)。
- みな‐そそく【▽水注く】
- [枕ことば]《水が飛び散る意、また、水が注ぎ入る意から》「鮪(しび)・臣(おみ)」などにかかる。〈用例〉〜臣の嬢子(をとめ)秀だり(ほだり)取らすも秀だり取り堅く取らせ(古事記・下)。
- みな‐づき【▽水無月】
- 陰暦6月の異称。みなつき。
- *み‐な‐と【港・▼湊・▽水▽門】
- 《「水の門(と)」の意》船が安全に泊まり、旅客の乗降や荷物の積みおろしができるようにした所。harbor; port〈用例〉船が〜に入る。
- みなと‐え【港江】
- 港のある入り江。inlet with port facility〈用例〉さ霧消ゆる〜の舟に白し朝の霜。
- みなと‐おおはし【港大橋】
- 大阪市港区と南港地区を結ぶ道路橋。上は高速道路、下は一般道路の2層構造。長さ980m。昭和49年(1974)完成。
- みなと‐がわ【▼湊川】
- 兵庫県、神戸(こうべ)市の中央を流れる川。長さ12km。六甲(ろっこう)山地に発し大阪湾に注ぐ。付近に楠木正成(くすのきまさしげ)ゆかりの湊川神社がある。
- みなとがわ‐じんじゃ【▼湊川神社】
- 神戸市中央区多聞通(たもんどおり)にある旧別格官幣社。祭神は楠木正成(くすのきまさしげ)ほか一族の武将。明治5年(1872)、正成戦没の地に創建。
- みなとがわ‐の‐たたかい【▼湊川の戦い】
- 足利尊氏(あしかがたかうじ)・直義(ただよし)軍と新田義貞(にったよしさだ)・楠木正成(くすのきまさしげ)軍の合戦。建武(けんむ)3年(1336)両軍は摂津(せっつ)湊川(現神戸市)で戦い足利軍が勝利。正成は自殺、義貞は京都へ敗走した。
- みなとぎんこう【(株)みなと銀行】
- 金融業。地方銀行。昭和24年(1949)設立。旧名は阪神銀行。本店は兵庫県神戸(こうべ)市中央区三宮町。
- みなと‐まち【港町】
- ①港を中心に発展した町。〈比較〉城下町。
- ②港のある町。
- み‐なぬか【三七日】
- 死後21日めの忌日(きにち)。また、その日の法事(ほうじ)。みなのか。
- みなの【皆野】
- 〈町〉埼玉県、秩父(ちちぶ)盆地北東部の町。『秩父音頭』発祥の地。人口1万2748(1994)。
- みな‐の‐しゅ(う)【皆の衆】(名・代)
- 《古めかしい言い方》みなさんがた。
- みな‐の‐もの【皆の者】
- すべての者。一同。武士などが目下の者に用いた。everybody
- みなぶち‐の‐しょうあん【▽南▼淵▽請安】
- (?-?)古代の学問僧。推古(すいこ)16年(608)中国(隋(ずい))に渡り32年後帰国。帰国後、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)・中臣鎌足(なかとみのかまたり)らに教授。
- みなべ【▽南▽部】
- 〈町〉和歌山県南西部、太平洋に臨む町。南部川の河口にあり、梅林と梅干しで有名。アカウミガメの産卵地で知られる千里浜がある。人口8398(1994)。
- みなべがわ【▽南▽部川】
- 〈村〉和歌山県南西部の村。南部川上流域の山村で、ウメの産地で知られる。人口6950(1994)。
- みなまた【▽水▼俣】
- 〈市〉熊本県南端、水俣湾に臨む市。化学工業都市で、工場廃液による水俣病の発生地として世界に知られる。湯ノ児(ゆのこ)・湯ノ鶴(ゆのつる)温泉がある。人口3万3515(1994)。
- みなまた‐びょう【▽水▼俣病】
- 昭和28〜35年(1953〜60)に、熊本県水俣湾周辺地区で発生したメチル水銀中毒による神経疾患の通称。しびれ・言語障害・難聴(なんちょう)・精神異常などをおこし、重症者は死亡。代表的な公害病。〈参照〉第二水俣病。
- みなまた‐わん【▽水▼俣湾】
- 熊本県八代(やつしろ)海の南部海域。水俣市にある化学工場からの排水による水俣病の発生で知られる。
- *みなみ【南】
- ①四方の一つ。日の出る方(東)に向かって右のほう。南方。the south〈対義〉北。〈用例〉〜向きの部屋。〜の国。
- ②《「南風」の略》夏の南寄りの季節風。東日本から北日本にかけての太平洋岸地帯での呼称。はえ。〈用例〉〜を受ける。
- みなみ【▽美並】
- 〈村〉岐阜県南西部、長良(ながら)川上流域の村。産業は野菜などの栽培と金属・化学工業。天然記念物のオオウナギが生息。人口5211(1994)。
- みなみあいき【南相木】
- 〈村〉長野県南東部、群馬県境の村。千曲(ちくま)川支流の南相木川に沿う農林業の村で、電子工場もある。人口1383(1994)。
- みなみあが‐ゆでん【南▼阿賀油田】
- 新潟市南東部、京ケ瀬(きょうがせ)・横越(よこごし)村にまたがる油田。天然ガスも産出。
- みなみ‐アジア【南アジア】
- アジア大陸の南部、インドを中心とする地域。インド・パキスタン・ネパール・ブータン・バングラデシュ・スリランカの各国。このほかアフガニスタン・モルジブを含む場合もある。South Asia
- みなみあしがら【南足柄】
- 〈市〉神奈川県西部、小田原市の北西に接する市。市域の主要部が山地で、豊富な地下水を利用した大手フィルム製造工場がある。人口4万3438(1994)。
- みなみアフリカ【南アフリカ】
- (Republic of South Africa)アフリカ南端の国。首都プレトリア。もとオランダ系移民の開拓地だったが、1910年イギリス自治領の南アフリカ連邦となる。61年イギリス連邦を離脱して共和国となる。世界一の金産出国。ダイヤモンド・クロム鉱の産出も多い。農牧業は羊毛・小麦・果実などが中心。白人中心の人種隔離政策(アパルトヘイト)が行われていたが、91年に関連法が廃止され、94年に黒人を含む全人種参加の選挙が行われ、黒人大統領・黒人主体の政府が初めて誕生。面積122.1万km2。人口3259万(1993)。正称南アフリカ共和国。
- みなみアフリカ‐せんそう【南アフリカ戦争】
- 南ア戦争の別称。
- みなみアフリカ‐れんぽう【南アフリカ連邦】
- (Republic of South Africa)南アフリカ共和国のイギリス連邦自治領時代の呼称。1961年、イギリス連邦から離脱、南アフリカ共和国となる。
- みなみ‐アメリカ【南アメリカ】
- (South America)アメリカ大陸の南半部の総称。東は大西洋、西は太平洋、北はカリブ海、南は南極海に臨み、北西端のパナマ地峡で北アメリカに連なる。面積1738.3万km2。南米。
- みなみありま【南有馬】
- 〈町〉長崎県、島原半島南部の町。農業が主の町で、キリシタン史跡の原(はら)城跡や原城温泉がある。人口7264(1994)。
- みなみ‐アルプス【南アルプス】
- →赤石山脈の通称。北・中央アルプスとともに日本アルプスという。
- みなみアルプス‐こくりつこうえん【南アルプス国立公園】
- 山梨・静岡・長野県にまたがり赤石山脈を中心とする国立公園。北岳など標高3000m級の高峰10座を連ね、山頂付近は高山植物の宝庫で知られる。ライチョウ・ニホンカモシカの生息地。昭和39年(1964)指定。
- みなみ‐イエメン【南イエメン】
- 1967年成立した→イエメン民主人民共和国の通称。90年北イエメンと統合。South Yemen
- みなみいず【南▼伊豆】
- 〈町〉静岡県伊豆半島南端の町。無霜地帯で草花の露地栽培がさかん。石廊(いろう)崎・波勝(はがち)岬・下賀茂温泉がある。人口1万0937(1994)。
- みなみおぐに【南小国】
- 〈町〉熊本県北東部、阿蘇(あそ)外輪山の北にある町。筑後(ちくご)川の最上流水源地帯で、林業と肉牛飼育がさかん。人口5040(1994)。
- みなみ‐おもて【南面】
- ①貴人の邸宅の正殿。
- ②家屋の南に向いた方・部屋。
- みなみ‐かいきせん【南回帰線】
- 南緯(なんい)23度27分の緯線。冬至(とうじ)には太陽がこの線の真上に位置する。Tropic of Capricorn〈対義〉北回帰線。
- みなみ‐かぜ【南風】
- 南の方から吹いてくる風。なんぷう。みなみ。まじ。south wind
- みなみかた【南方】
- 〈町〉宮城県北東部の町。迫(はさま)川中流域の農業の町で、稲作・畜産が主。花菖蒲(はなしょうぶ)園がある。人口9759(1994)。
- みなみかやべ【南▼茅▽部】
- 〈町〉北海道南西部、渡島(おしま)半島東岸の町。太平洋に臨む漁業の町で、川汲(かつくみ)温泉など観光資源も多い。人口8782(1994)。
- みなみかわち【南▽河▽内】
- 〈町〉栃木県南東部、小山(おやま)市の北東に接する町。自治医科大学の建設などで都市化が著しい。下野(しもつけ)薬師寺跡がある。人口1万8174(1994)。
- みなみかわら【南河原】
- 〈村〉埼玉県北部、利根(とね)川に臨む村。スリッパ生産で知られ、出荷額は全国有数。人口4259(1994)。
- みなみきゅうしゅう‐だいがく【南九州大学】
- 私立大学。昭和42年(1967)創立。本部は宮崎市田吉(たよし)。
- みなみくしやま【南▼串山】
- 〈町〉長崎県島原半島南西端、橘(たちばな)湾に臨む町。農業・漁業の町で、野菜栽培・煮干し製造・養殖漁業がさかん。人口5329(1994)。
- みなみ‐ざ【南座】
- 京都市四条にある歌舞伎(かぶき)劇場。元和(げんな)年間(1615〜24)に公許された七座の一つ。明治39年(1906)から松竹の経営。12月の顔見世興行は京都の名物。
- みなみさんりくきんかざん‐こくていこうえん【南三陸金華山国定公園】
- 宮城県北東部の太平洋沿岸地域を中心とする国定公園。牡鹿(おしか)半島・金華山を含む典型的なリアス式海岸で知られる。昭和54年(1979)指定。
- みなみしな‐かい【南シナ海】
- (South China Sea)中国華南・台湾(たいわん)・フィリピン群島・カリマンタン島・インドシナ半島に囲まれた海域。歴史的な海上交通の要地。南海(ナンハイ)。
- みなみしなの【南▽信▽濃】
- 〈村〉長野県南部の村。赤石山脈の南西麓(なんせいろく)に位置し、生糸・ヒノキ材などを産出。人口2600(1994)。
- みなみじゅうじ‐ざ【南十字座】
- 南天の小星座。南天の天の川の中にあって、日本では一部しか見ることができない。1個の1等星、2個の2等星、1個の3等星が十字形を作る。南天の天の川のもっとも美しい場所の一つ。5月23日ごろの午後8時ごろに南中。面積68平方度。crux
- みなみじゅうじ‐せい【南十字星】
- 北緯25度以南の地で南天に見える4つの星。結ぶと十の字の形になり、縦の線は正しく南北を示す。Southern Cross
- みなみ・する【南する】(サ変自)
- 南の方へ行く。〈対義〉北する。
- みなみだいとう【南大東】
- 〈村〉沖縄県、南大東島を村域とする村。沖縄県の中でもっとも雨の少ない地域で、サトウキビ栽培が主。南大東島東海岸植物群がある。人口1400(1994)。
- みなみ‐だいとうじま【南大東島】
- 沖縄島の東方約350kmにある太平洋上の島。面積30.7km2。隆起珊瑚礁(さんごしょう)からなる島で、サトウキビ畑が多い。
- みなみ‐たいへいよう【南太平洋】
- [一](South Pacific Ocean)赤道より南の太平洋海域。東西を南アメリカとオーストラリア、南を南極大陸に囲まれる。平均水深4000m。最大水深はサウス‐サンドウィッチ海溝の8428m。
- [二]《原題South Pacific》アメリカのミュージカル。原作ミッチェナー。台本ハマースタイン2世、作曲ロジャーズ。太平洋戦争と人種問題を扱う。1949年初演。58年映画化。
- みなみたいへいよう‐いいんかい【南太平洋委員会】
- (South Pacific Commission)1947年イギリス・アメリカなど6か国が南太平洋地域の植民地の経済・社会発展などを目的に設立した機関。現在は旧植民地も加盟し、年1回南太平洋会議を開催。SPC。
- みなみたいへいよう‐フォーラム【南太平洋フォーラム】
- (South Pacific Forum)南太平洋諸国会議。1971年に設立された、南太平洋諸国15か国による政治・外交を協議する国際協力組織。SPF。
- みなみたね【南▽種▽子】
- 〈町〉鹿児島県、種子島(たねがしま)南部の町。南端の門倉(かどくら)崎は日本最初の鉄砲伝来地。宇宙開発事業団の宇宙センターがある。人口7626(1994)。
- みなみちた【南知多】
- 〈町〉愛知県知多半島南端にあり、篠(しの)・日間賀(ひまか)島を含む町。農業・漁業が主。三河湾国定公園の景勝地で、海水浴などでにぎわう。人口2万5332(1994)。
- みなみ‐とりしま【南鳥島】
- 東京都小笠原(おがさわら)支庁の島で、日本の東端(東経153度59分)。面積約2km2、隆起珊瑚礁(さんごしょう)からなるほぼ正三角形の島。常住者はなく、気象庁の観測所がある。
- みな‐みな【皆皆】
- 《「みな」を強めた語》みんな。すべて。すべての人。all
- みなみな‐さま【皆皆様】(名・代)
- 「みなさま」のさらに改まった語。〈用例〉ご出席の〜。ladies and gentlemen
- みなみなす【南▼那▼須】
- 〈町〉栃木県東部、八溝(やみぞ)山系の丘陵地帯にある町。農業中心であったが、工業団地ができ機械工業などが発達。人口1万3379(1994)。
- みなみ‐の‐うおざ【南魚座】
- 南天の星座。みずがめ座の南にあり、1等星フォーマルホートはこの星座のα(アルファ)星。10月17日ごろの午後8時ごろに南中。面積245平方度。Piscis Austrinus
- みなみ‐の‐かんむりざ【南冠座】
- 南天の小星座。いて座の南斗(なんと)六星の南にある。8月25日ごろの午後8時ごろに南中。面積128平方度。Corona Austrina
- みなみ‐の‐さんかくざ【南三角座】
- 南天の小星座。日本からでは一部分しか見えない。7月13日ごろの午後8時ごろに南中。面積109平方度。Triangulum Australe
- みなみ‐はんきゅう【南半球】
- 地球の赤道から南側の部分。southern hemisphere〈対義〉北半球。
- みなみふらの【南富▽良野】
- 〈町〉北海道のほぼ中央にある町。空知(そらち)川上流に沿う農林業の町で、石灰石も産出。金山ダム・狩勝(かりかち)峠がある。人口3322(1994)。
- みなみベトナムかいほう‐みんぞくせんせん【南ベトナム解放民族戦線】
- 南ベトナムの民族統一戦線。1960年結成。反米・反政府闘争強化、解放区建設を目標に人民革命党などが参加。69年臨時革命政府樹立。76年南北統一後は発展的に解消。
- みなみぼうそう‐こくていこうえん【南房総国定公園】
- 房総半島南部にある国定公園。太平洋岸の太東(たいとう)崎から浦賀水道の富津(ふっつ)岬までの海岸線と清澄(きよすみ)山・鹿野(かのう)山・鋸(のこぎり)山などの丘陵が含まれる。昭和33年(1958)指定。
- みなみまき【南牧】
- 〈村〉長野県南東部、山梨県境の村。八ケ岳(やつがたけ)の東麓(とうろく)に位置し、高原野菜栽培や観光地・別荘地として発展。人口3670(1994)。
- みなみ‐まぐろ【南▼鮪】
- マグロ科の海水魚。全長2.5m、体重は200kg。体は紡錘(ぼうすい)形で口先は鋭く、大きい。クロマグロに似るが眼が大きい。南半球だけに分布。インドマグロ。
- みなみ‐まちぶぎょう【南町奉行】
- 徳川(とくがわ)幕府の職名。江戸の町奉行の一つ。北町奉行と月番で町方の行政・市政を担当。
- みなみ‐まつり【南祭(り)】
- 京都府八幡(やわた)市の石清水(いわしみず)八幡(はちまん)宮で陰暦3月の午(うま)の日に行われていた臨時祭。京都市の北部にある賀茂(かも)神社の葵(あおい)祭りを北祭りというのに対する呼称。本祭である放生会(ほうじょうえ)は、現在も9月15日に行われている。
- みなみまんしゅう‐てつどう【南満州鉄道】
- 日露戦争で獲得した権益に基づき設立された、半官半民の植民地会社。明治39年(1906)設立。日本の満州支配の根幹となり、鉄道・炭鉱・製鉄所の経営など一大コンツェルンを形成。ソ連が接収後、昭和27年(1952)中華人民共和国に返還。満鉄。
- みなみみのわ【南▼箕輪】
- 〈村〉長野県中南部の村。伊那(いな)盆地の北にある。農業が中心。工業化も進む。人口1万1578(1994)。
- みなみやましろ【南山城】
- 〈村〉京都府南東部、奈良・滋賀・三重県に接する村。農林業が主で、シイタケ・茶の産地で知られる。人口4109(1994)。
- みなみ‐ヨーロッパ【南ヨーロッパ】
- ヨーロッパ南部、アルプス山脈の南からピレネー山脈の西に至る地域。スペイン・ポルトガル・イタリア・ギリシア・マルタ・モナコからなる。ヨーロッパ文化の発祥地。南欧。Southern Europe
- みな‐も【▽水▽面】
- 水の表面。水面(すいめん)。みずも。みのも。water surface〈用例〉〜にうつる月影。
- み‐な‐もと【源】
- 《「水(み)の元」の意》
- ①川の流れ出る、もと。水源。source〈用例〉アマゾン川の〜。
- ②物事の起こり。起源。origin〈用例〉文明の〜。事件の〜。
- みなもと【源】
- 平安時代に始まる皇族の臣籍降下のさいの賜姓(しせい)の一つ。
- みなもと‐の‐さねとも【源▽実▽朝】
- (1192-1219)鎌倉(かまくら)幕府3代将軍。頼朝(よりとも)の二男。母は北条政子(ほうじょうまさこ)。兄頼家(よりいえ)にかわって将軍となり、のち右大臣。鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)で頼家の子公暁(くぎょう)に殺される。和歌にすぐれた。家集『金槐(きんかい)和歌集』。
- みなもと‐の‐しげゆき【源▽重▼之】
- (?-?)平安中期の歌人。清和(せいわ)天皇の曾孫(そうそん)。三十六歌仙の一人。東宮に奉った百首歌は最古の百首歌の一つ。家集『重之集』。
- みなもと‐の‐したごう【源▽順】
- (911-983)平安中期の歌人・学者。三十六歌仙の一人。梨壺(なしつぼ)の五人(撰和歌所の寄人(よりうど))の一人として『万葉集』の訓読や『後撰(ごせん)集』の撰進に従った。著書『和名類聚(わみょうるいじゅ)抄』、家集『源順集』。
- みなもと‐の‐たかあきら【源高明】
- (914-982)平安中期の公卿(くぎょう)。醍醐(だいご)天皇の皇子。左大臣。安和(あんな)の変で藤原(ふじわら)氏に排され筑紫(つくし)に左遷、のち帰京。著書『西宮記(さいぐうき)』。
- みなもと‐の‐たかくに【源▽隆国】
- (1004-77)平安中期の歌人・文学者。権大納言(ごんだいなごん)。後一条(ごいちじょう)天皇から白河(しらかわ)天皇まで5代に仕え、晩年宇治(うじ)に隠居し宇治大納言と称された。『宇治大納言物語』の作者とされるが明確でない。
- みなもと‐の‐ためとも【源▽為▽朝】
- (1139-70)平安末期の武将。為義(ためよし)の八男。通称鎮西(ちんぜい)八郎。豪勇をもって知られた。保元(ほうげん)の乱に崇徳(すとく)上皇方につき、敗れて伊豆(いず)大島に配流(はいる)。
- みなもと‐の‐ためよし【源▽為▽義】
- (1096-1156)平安末期の武将。義家(よしいえ)の孫。義朝(よしとも)の父。通称六条判官(ほうがん)。検非違使(けびいし)。保元(ほうげん)の乱で崇徳(すとく)上皇方につき、敗れて斬首(ざんしゅ)。
- みなもと‐の‐ちかゆき【源▽親行】
- (?-?)鎌倉(かまくら)前期の文学者。歌道に通じ、幕府和歌所の奉行(ぶぎょう)となる。『源氏(げんじ)物語』『万葉集』などを校注。
- みなもと‐の‐つねのぶ【源▽経▽信】
- (1016-97)平安後期の歌人。歌壇で当代の第一人者。俊頼(としより)の父。正二位、大納言。桂(かつら)大納言とも。その多才多芸は藤原公任(ふじわらのきんとう)に比較された。家集『経信集』、歌論書『難後拾遺』、漢文日記『帥記(そちき)』。
- みなもと‐の‐つねもと【源▽経基】
- (?-961)平安中期の武将。清和(せいわ)天皇の孫。清和源氏の祖。小野好古(おののよしふる)のもとで藤原純友(ふじわらのすみとも)の乱鎮圧に功をあげる。のち鎮守府(ちんじゅふ)将軍。
- みなもと‐の‐とおる【源▽融】
- (822-895)平安前期の貴族。左大臣。嵯峨(さが)天皇の皇子で賜姓(しせい)源氏により臣籍降下。河原(かわら)左大臣と称された。
- みなもと‐の‐としより【源▽俊▽頼】
- (1055ごろ-1129)平安後期の歌人。『金葉和歌集』の撰者(せんじゃ)。経信(つねのぶ)の子。堀河天皇の代、宮廷和歌の中心的存在。自由奔放な歌風は従来の和歌を一新した。家集『散木(さんぼく)奇歌集』、歌論書『俊頼髄脳』。
- みなもと‐の‐のりより【源▽範▽頼】
- (?-1193)平安末期の武将。義朝(よしとも)の六男。兄頼朝(よりとも)を助け、弟義経(よしつね)とともに源義仲(よしなか)を討ち、平家追討を指揮。のち頼朝に排され、伊豆(いず)修禅寺(しゅぜんじ)で殺害。
- みなもと‐の‐ひろまさ【源▽博▽雅】
- (918-980)平安中期の貴族。醍醐(だいご)天皇の皇子克明親王の子。琵琶(びわ)・箏(そう)・笛・篳篥(ひちりき)などの名手であった。博雅三位(はくがのさんみ)。
- みなもと‐の‐まこと【源▽信】
- (810-868)平安前期の貴族。左大臣。嵯峨(さが)天皇の皇子で賜姓(しせい)源氏により臣籍降下。応天門(おうてんもん)炎上のとき、伴善男(とものよしお)の陰謀で失脚するところを藤原良房(ふじわらのよしふさ)に救われた。
- みなもと‐の‐みちちか【源▽通▽親】
- (1149-1202)平安末から鎌倉(かまくら)初期の公卿(くぎょう)・歌人。後鳥羽(ごとば)院の別当、土御門(つちみかど)天皇の外戚(がいせき)として政治の実権を握る。著書『高倉院升遐(しょうか)記』など。土御門通親。
- みなもと‐の‐みちとも【源▽通▽具】
- (1171-1227)鎌倉(かまくら)初期の歌人。通親(みちちか)の子。堀河大納言と称された。『新古今和歌集』撰者(せんじゃ)の一人。
- みなもと‐の‐みつなか【源満仲】
- (913-997)平安中期の武将。経基(つねもと)の長子。鎮守府(ちんじゅふ)将軍。安和(あんな)の変で藤原(ふじわら)氏につき、清和(せいわ)源氏発展の基礎を築く。
- みなもと‐の‐もろふさ【源▽師房】
- (1008-77)平安中期の公卿(くぎょう)。村上(むらかみ)天皇の孫。村上源氏の始祖。右大臣(うだいじん)・太政(だいじょう)大臣となる。賜姓(しせい)皇族が摂関(せっかん)家と結んだ先駆。著書『土右記(とゆうき)』。
- みなもと‐の‐ゆきいえ【源行家】
- (?-1186)平安末期の武将。為義(ためよし)の10男。以仁(もちひと)王の令旨(りょうじ)を奉じて源義仲(よしなか)と結び平氏と戦う。のち源義経(よしつね)と結び源頼朝(よりとも)追討を図ったが失敗。
- みなもと‐の‐よしいえ【源▽義家】
- (1039-1106)平安後期の武将。頼義(よりよし)の長子。通称八幡太郎(はちまんたろう)。前九年の役に父に従って奮戦。のち陸奥守(むつのかみ)となり後三年の役を鎮定。東国の源氏勢力の基礎を固めた。
- みなもと‐の‐よしつね【源▽義▽経】
- (1159-89)平安末期の武将。義朝(よしとも)の九男。幼名牛若丸(うしわかまる)。通称源九郎(げんくろう)。兄頼朝(よりとも)の挙兵に応じ、兄範頼(のりより)と共に源義仲(よしなか)を討ち、平氏を壇ノ浦(だんのうら)に討滅。のち頼朝と不和になり藤原秀衡(ふじわらのひでひら)を頼ったが、秀衡の死後、その子泰衡(やすひら)に襲われ自殺。
- みなもと‐の‐よしとも【源▽義▽朝】
- (1123-60)平安末期の武将。為義(ためよし)の長子。保元(ほうげん)の乱に平清盛(たいらのきよもり)とともに後白河(ごしらかわ)天皇方につき勝利。のちに藤原信頼(ふじわらののぶより)と結んで平治(へいじ)の乱を起こしたが敗れ、殺害された。
- みなもと‐の‐よしなか【源▽義仲】
- (1154-84)平安末期の武将。為義の二男義賢(よしかた)の二男。通称木曽(きそ)次郎。治承(じしょう)4年(1180)以仁(もちひと)王の令旨(りょうじ)を奉じて挙兵。平氏を破り入京、征夷(せいい)大将軍となるが、源範頼(のりより)・義経(よしつね)の軍に敗れ近江(おうみ)粟津(あわづ)で敗死。木曽義仲。
- みなもと‐の‐よしひら【源▽義平】
- (1141-60)平安末期の武将。義朝(よしとも)の長子。通称悪源太(あくげんた)。父に従い平治(へいじ)の乱で奮戦、敗れて美濃(みの)に逃れた。のち平清盛(たいらのきよもり)父子暗殺を企てたが捕らえられ、斬首(ざんしゅ)。
- みなもと‐の‐よしみつ【源▽義▽光】
- (1045-1127)平安後期の武将。頼義(よりよし)の三男。新羅三郎(しんらさぶろう)と称した。笙(しょう)の名人。後三年の役で兄義家(よしいえ)を助けて武功をたてた。
- みなもと‐の‐よりいえ【源▽頼家】
- (1182-1204)鎌倉(かまくら)幕府第2代将軍。頼朝(よりとも)の長子。母は北条政子(ほうじょうまさこ)。北条氏のため実権を失い、比企能員(ひきよしかず)と結んで北条氏排除を図ったが失敗。伊豆(いず)の修禅寺(しゅぜんじ)に幽閉され謀殺された。
- みなもと‐の‐よりとも【源▽頼▽朝】
- (1147-99)鎌倉(かまくら)幕府初代将軍。義朝(よしとも)の三男。平治(へいじ)の乱で伊豆(いず)に配流。治承(じしょう)4年(1180)以仁(もちひと)王の令旨(りょうじ)をうけて挙兵。鎌倉を本拠に東国武士を組織し、壇ノ浦で平氏を滅亡させた。建久(けんきゅう)3年(1192)征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)となり鎌倉幕府を創設。
- みなもと‐の‐よりのぶ【源▽頼▽信】
- (968-1048)平安中期の武将。満仲(みつなか)の三男。藤原道長(ふじわらのみちなが)に仕えて伊勢(いせ)・河内(かわち)などの国司を歴任し、鎮守府(ちんじゅふ)将軍。平忠常(たいらのただつね)の乱を平定。
- みなもと‐の‐よりまさ【源▽頼▽政】
- (1104-80)平安末期の武将。出家し源三位(げんざんみ)入道と称した。治承(じしょう)4年(1180)以仁(もちひと)王の令旨(りょうじ)を奉じて平氏追討の兵を挙げたが、宇治(うじ)で敗れ自殺。歌人としても有名。家集『源三位頼政卿(きょう)集』。源三位頼政。
- みなもと‐の‐よりみつ【源▽頼▽光】
- (948-1021)平安中期の武将。満仲(みつなか)の長子。豪勇で知られ、大江山(おおえやま)酒呑童子(しゅてんどうじ)退治などの伝説で有名。摂津(せっつ)をはじめ多くの国守を歴任し、藤原(ふじわら)摂関(せっかん)家に仕えてその勢力を伸長。みなもとのらいこう。
- みなもと‐の‐よりよし【源▽頼▽義】
- (988-1075)平安中期の武将。頼信(よりのぶ)の長子。義家(よしいえ)の父。父とともに平忠常(たいらのただつね)の乱を平定。前九年の役で安倍(あべ)氏を討ち東国に源氏の勢力を扶植(ふしょく)した。